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大阪地方裁判所 平成4年(ヨ)2695号 決定 1992年11月20日

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別紙当事者目録記載のとおり

右当事者間の頭書事件につき、当裁判所は、債権者に担保を立てさせないで、次のとおり決定する。

主文

一  債権者が、債務者の従業員たる地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、金三三万五四七〇円及び平成四年一二月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月一〇日限り右同額の割合による金員を仮に支払え。

三  債権者のその余の申立てを却下する。

四  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一申立て

一  債権者が債務者の従業員たる地位に仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成四年八月以降毎月一〇日限り金三三万五四七〇円を仮に支払え。

第二当裁判所の判断

一  以下の事実は、当事者間に争いがない。

1  債務者は、貴金属、宝石、時計、カメラ等の運送業を営む有限会社である。

2  債権者は、昭和五七年九月一日に、債務者に雇用され、昭和六二年四月一日に課長代理に任命され(<証拠略>)、運転手として運送業務に従事していた。

3  債権者は、債務者から賃金として毎月一〇日限り月額金三三万五四七〇円を支給されていた。

4  債務者は、平成四年六月三〇日、債権者に対し、同年七月末日をもって解雇する旨通告した。

二  債権者は、右解雇通告は、何ら正当な理由がなく、無効である旨主張する。

これに対し、債務者は、債権者を解雇した理由として、以下のとおり主張している。

(1)  債権者は、平成四年三月上旬までの間に、自ら運送を担当していた代引商品(顧客から運送を託された商品を荷受人に引渡す際、顧客のために商品代金を荷受人から集金して、これと引換えに商品を交付することとされている商品)の商品代金総額二七〇万九八三二円を横領した(ただし、右被害金については、債権者の母が被害弁償をすることにより、平成四年三月二五日、示談が成立し解決した。)。

(2)  債権者は、出退社時間を遵守せず、勤務時間中にしばしば職場を離脱した。

(3)  債権者は、上司の命令に服従せず、上司に対し反抗的態度をとった。

(4)  債務者は、下請業者である申立外岸本明(以下、「岸本」という。)との間で、岸本が、その集金した代引商品の商品代金を債務者に納入せずに流用している事態が生じていたため、債権者に、岸本が配送を担当している地区の代引商品の運送業務の管理を命じたが、債権者が、管理を怠ったため、岸本が代引商品を運送して集金した商品代金を着服する事故が発生した。

三  そこで、右解雇理由について検討する。

1  債権者が代引商品代金を横領したとの点につき、債権者は、同金員は、債権者が社内で行われていたトランプ賭博の資金として債務者から借り受けた金員であるとして、横領の事実を否認している。双方の主張の当否は必ずしも明らかではないが、代引商品代金横領の事実の存否にかかわらず、これについては前記のとおり示談が成立して解決しており、債権者はその後も勤務を継続していたものであるから、右事実はそれのみでは解雇の理由とはなりえない。そこで、債務者主張の他の解雇理由につき検討する。

2  便宜、まず、代引商品の管理懈怠との点についてみるに、本件各疎明資料及び審尋の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(一) 債権者は、平成三年一二月、神戸の下請業者の藤本が辞めたことから、その補充のため、神戸地区の配送業務を担当することとなった。

(二) 神戸地区における配送業務は、四ブロックに分けられ、一日三便に分けて配送が行われており、債務者の課長である安森重雄(以下、「安森」という。)が、神戸市中央区東部以東地区にあたる一ブロックの配送業務を、岸本は、同区中心部にあたる一ブロックの配送業務を、その他の下請業者が、それぞれ他のブロックの配送業務を担当していた。

(三) 右各ブロックの配送担当者に対する荷物及び伝票の仕分けは安森が担当し、伝票を管理してこれを各配送担当者に振り分けることとなっていたが、実際には安森は、自己担当の伝票及び荷物以外の伝票及び荷物の振り分けは、一括して岸本に一任していた。

(四) ところで、債務者と岸本との間で、従前から、金銭貸借に関する紛争を原因として、岸本が、配送を担当した代引商品の集金代金を債務者に納入せずに流用している事態が継続していたが、債務者は、これを事実上黙認して、岸本の商品代金流用を防止すべき何らの措置も講ずることなく、ただ、これに対抗して岸本に対する請負代金の支払を停止し、岸本が流用した商品代金と相殺していた。

(五) そこで、債務者代表者は、平成四年五月一六日、債権者に対し、同月一八日から、債権者が岸本に対する代引商品につき、商品代金が確実に債務者に納入されるべく管理するよう指示した。

(六) そのため、以後、岸本担当の配送地域の代引商品については、安森が選別して、専ら債権者がその配送を担当していたが、その場合にも、債権者が事前に伝票全体を点検することはなく、岸本に対し、代引商品が振り分けられているか否かを債権者が知ることができる体制はとられなかった。そしてまもなく、従前どおり、岸本にも代引商品が交付されるようになり、結局、神戸地区における荷物の仕分けに関する作業方法には特段の変更は加えられないまま経過した。

(七) しかるところ、岸本の担当した配送地域において、同年六月一六日に二件代金合計二七万〇〇一〇円、同一七日に一件代金一一万五八七〇円、同一八日に一件代金八〇二〇円、同一九日に一件代金一二万〇九〇〇円、同二五日に一件代金一一万円、同二七日に一件代金三万九〇八〇円、同三〇日に一件代金一〇万八一五〇円に代引商品代金未収事故が発生した。

(八) これに対し、債務者においては、何らの対策も講じられることはなかった。

3  以上によれば、債務者が神戸地区における岸本担当地域の代引商品の管理を債権者に対し指示したこと、それにもかかわらず、同地域において岸本による代引商品代金流用が発生した事実は認められるものの、もともと、岸本による代引商品代金流用については、事実上債務者が黙認していた状態が存在したうえ、これを防止しようとするならば、債務者は、まず、神戸地区における荷物及び伝票の管理及び仕分けの責任者である安森の業務執行方法を改善するのが筋合いであるのに、これをしないまま債権者に代引商品の管理責任のみを負担させ、かつ、債権者に対して、代引商品の管理を命じた以後も、そのような管理を実質的に可能とするような、業務方法の変更等の具体的措置は何ら講じられお(ママ)らず、しかも、債権者に対し右指示を行った後に発生した代金未納についても何らの措置をも講じないまま放置していたものである。

かような経緯に照らすと、右代金未納事故に関しては、債務者の岸本に対する対応にその原因があり、これを放置したまま債権者に対し代引商品の管理を命じたとしても、代金流用を防止することは期待できない状態にあったものということができる。そうすると、債権者の代引商品管理の懈怠によって代金未収事故が発生したものとは言い難く、代引商品管理の懈怠との点は、正当な解雇理由とはなり得ない。

4  債務者の主張するその余の解雇理由については、いずれもこれを認めるに足りる疎明がない。

5  以上によれば、本件解雇についてこれを正当とする理由は見出し難く、結局解雇権の濫用にあたるものとして、無効というべきであるから、債権者は、債務者の従業員たる地位を有するものであることが認められ、これが保全の必要性もまた認められる。

四  本件各疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、債権者は、妻及び娘の三人で所帯を営んでおり、専ら債務者からの賃金により生計を維持していること、債権者の生計維持のため必要な生活費は月額金三二万七五〇〇円を下らず、債権者が右賃金の支払いを受けられなければ、その生活が破綻するに至ることが認められる。その他本件諸般の事情を勘案すると、債務者に対し、平成四年一一月分賃金に相当する金三三万五四七〇円及び、同年一二月以降、本案の第一審判決言渡しに至るまでの間、右同額の割合による金員につき、仮払いを命ずべき必要性もまた肯認できる。債権者の申立てのうち、右を超える部分については必要性の疎明がない。

五  よって、本件申立ては、債権者の債務者従業員たる地位の保全並びに金三三万五四七〇円及び平成四年一二月以降、毎月一〇日限り右同額の割合による金員を支払いを求める限度で、理由があるからこれを認容し、その余の申立ては理由がないからこれを却下し、申立費用の負担につき民事保全法七条、民事訴訟法八九条、九二条を適用し、事案の性質に鑑み、債権者に担保を立てさせないで、主文のとおり決定する。

(裁判官 栗原壯太)

<別紙> 当事者目録

債権者 原昌浩

右代理人弁護士 斉藤真行

同 住川和夫

債務者 有限会社 マツヤサービス

右代表者取締役 松坂昇

右代理人弁護士 亀田利郎

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